Lens/creative strategy
ブランドコンサルティング、広告企画、コンセプト開発、戦略デザイン、マーケティング企画
ブランディングはマーケティングが持続性・自走性を求めて行き着く一つの終端で、企業と顧客が互いにリスペクトし、支え合うことで幸福に共存する関係を築くものだと思っている。そこになくてはならないのが愛情というファクター。
一方、マーケティングの別の終端には、顧客を獲物や標的とみなし、獲得した頭数を誇る狩猟派もいる。マスメディアという使い捨ての武器を売る商人だったかつての広告代理店には、無知な消費者を洗脳してモノを売りつけた武勇伝が溢れていた。それを誇りと感じるためには、兵士や処刑人のように、ターゲットの人格や物語は無視し、愛情を持たず、データとして冷静にとらえる感性が求められた。
昔はそれをハードボイルドな美学としてもてはやす風潮もあった。
無知な消費者やクライアントを「シャブ漬けにする」という表現は、昭和の頃、僕も実際に何度か耳にしたことがある。マルボロを2箱持ち歩く体育会系の営業マンが、酔って若手に説教を垂れていた午前0時の六本木、バブルで荒んだ時代の卑俗なアナロジー。言う人も聞く側も覚醒剤中毒者なんてドラマの演出でしか知らない、リアリティのない例えだった。思うに、趣味の悪い迫力を欲しがる中二病的な思考だったのだろう。
そんなことが自慢になる時代はとうの昔に終わっている。だから自分よりひとまわり若い人があの懐かしいフレーズを使って講義をしたという話を聞いて、思わず脱力系のため息がもれた。
例えの適切さはともかくとして、生活者はもはや企業が金で操れる無知で無力な存在ではない。愛情やリスペクトを欠くマーケティングに対する人々の生理的な拒否反応がブランドにとって致命傷になりかねない、という事例として見ても興味深かった。
僕は20代の一時、ひどく金がなかったころ、アパートの近くにあった吉野家のおかげで空腹と味覚が満たされ、惨めな気分から救われたことを体の芯で覚えている。
時には高級な寿司屋だって行けるようになった今でも、吉野家は愛用し、しみじみうまいと感じて味わい、自分の中からその感性をなくしたくないと思っている。
文明開化以来100年続く吉野家の味は、北千住の大はし等と並んで、日本の牛肉食の元祖的存在だ。それをあの値段、あのクオリティ、あのオペレーションで安定的に各地に供給し続けているのは本当にすごいことだ。味が理由でアメリカ牛にこだわっていることや、基本設計は変えずに完成度を磨いていく姿勢も、老舗としての矜持を感じさせる。
かつて幻のキノコとして珍重された舞茸は、栽培法の確立によってスーパーで100円台で買えるようになった。でも量産によって食材としての基本的な価値が下がったわけではない。
昭和の初めはシイタケと変わらない値段だった松茸は、供給減による価格高騰で今では高級品となった。が、それは相場の問題で、高値の理由はおいしさが増したからではない。
高いもの=おいしくて良質なもの、安いもの=味や質が低いもの。だから人々はお金があればもっと”いいもの”を食べる、という拝金主義的な短絡思考も、今の時代とはずいぶんズレているなあと感じる。僕の中での吉野家は、その堂々たるアンチテーゼのブランドのはずだったのだけれど。
自分にとっての”いいもの”と、市場での取引価格が相関しないというのが、個性化・多様化の時代を象徴するひとつの現象だ。そしてそれを臆することなく表明できるのが、情報の主権が生活者に移った現代の面白さだと思う。
でも案外、大きな企業の「上の方の人たち」の中には、そんな感覚のギャップを埋められていない人が多いようだ。年齢や性別、世代のせいばかりではなくて、感覚の新陳代謝が行われていないのだ。頭の良いエリートなのだろうけれど、受験と出世に明け暮れ、役員室や社用車に閉じ込められて人生を過ごすうちに、街や時代を直に呼吸することを忘れてしまうのだろうか。
いろいろと残念な話だ。
明けました!おめでとうございます。
12月はいろんな案件を締めつつ、1月に行ったNRIさんの研修の2回目と毎年恒例の松山大学の「えひめベンチャー塾」のオンラインセミナー、京都と福岡に出張、その合間を縫って忘年会を5発。大山と雪の西穂丸山登山もしたりで、本当にあっという間に年末を迎えた印象です。
最後の出張は、2月の沖縄で仲良くなったデロイトの松田さんにお声がけいただいたもので、九州経済産業局で資源循環システム構築検討委員会のゲストスピーカーという、ちょっと緊張するものでしたが、ちょうど関わっていたいくつかの案件が循環型経済に通じるものだったので、ホットな話題をいくつか紹介してきました。
プラニングで新たな発想をすると類似テーマの案件が引き寄せられて来る同時多発現象はこれまで何度も経験してきて、振り返るとそれは時代の流れが大きく変わる潮目だったことが多いのですが、昨年後半はまさにそれが連発しました。まだ総括するには早いのですが、予感が薄れないように書き留めておくと、
・【意識】消費から戦略的自己投資へ
・【モデル】直線的拡散構造から循環型のトーラス構造へ
・【価値軸】効率から美へ
・【主体】系統組織から個の群へ
こういったシフトを文化/技術/ビジネスの各側面で発想し、自分にできることを欲張らずひとつづつ積み上げてゆく、という基本法則で、目の前の様々な課題に新しい出口を指し示すことができる時代に、どうやら本格突入した気配があります。
それはたぶん、ちらばった巨大なジグソーパズルのピースを、みんなが自分の手元で少しずつつなぎ合わせ、声を掛け合いながら組み立ててゆく感覚です。
そしてこうしたシフトは、僕らにとっては全く新しい何かではなく、日本が近代化以前まで1000年以上にわたって培ってきた文化や美意識にたくさん学ぶべきことがあり、ここ何十年かの異質な価値観を上手に取り除くことから始めればいいというアドバンテージがあるという気づきも重要だと思っています。
(既に誰かがもっとうまく書いているのかもしれませんね。僕は自分の毎日の仕事を解きながら実感したことしかまとめられなくて)
本格突入を感じるのは、こうした感覚を言わずもがなで身につけ実践している人と、実感して動き始めた人、頭では理解していながら感覚がついていかずギクシャクしている人、古い感覚にしがみついて粘っている人の4種類がビジネスの現場で正規分布してきたように思えるからです。この差は「近代」の価値観と成功体験への固執度・硬直度に重なるため、後者はかなりの勢いで社会の表舞台から消えてゆくことになるはずです。
そして多くの大企業で、昭和の価値観での成功者である経営層と、新しい感覚を持った若手との温度差は驚くほどに大きく、それがコロナ禍で加速しているのが興味深いところです。
最近の優秀な学生は政治家の想定問答集作りで徹夜するような仕事が馬鹿馬鹿しいと考えて国家公務員を目指さなくなっているという話を聞きましたが、企業の中でも、スピーディに新規事業を立ち上げたいのにいくつもの審査や凛儀を経てハンコをもらい、様々な規定に縛られなければならないことに、今時の優秀な若者は耐えられない。
仲間を集めて資金調達して起業する方がはるかに健全でやりがいがある。経営会議のまた聞きではなくSlackで経営陣とリアルタイムに情報共有しながらプロジェクトを動かしてゆく。そういう感覚を空気のように身につけている人たちに会う機会もどんどん増えてきました。
そこに感じるエネルギーは、僕が幼い頃に見た戦後の大人たちの、発展途上の高揚感/守るものより壊して創るものの大きさへの興奮、に通じるものがあります。思えば今の「大企業」も、方向性は違ってもそういう熱量が育て上げたものでした。
僕はもうひとつの戦後に身を置いているのかもしれません。
古い仕組みを破壊するのではなくきれいに解体し、回収して新しい姿に再構築する、その鮮やかさや気持ちよさをみんなが楽しめる時代が、すぐそこに来ている予感があります。
芋虫が同じ体組織を使って蝶に姿を変えるのが、子供の頃も今も、不思議で不思議でしかたありません。そのとき蛹の中ではいったんすべての細胞が液体のようになって流動しているそうですが、今の世の中もそんなタイミングであったら楽しいと感じます。そんな変化の加速に、今年も少しだけ貢献できたらいいなと思っています。
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